洗面器にお湯を張って、タオルをかぶって湯気を吸う。風邪のときのセルフケアとして昔から知られている方法です。理屈も分かりやすいのですが、臨床試験を集めてみると、期待されているほどの結果は出ていません。

ファイの30秒スキャン

その情報、ちょっとスキャンします。

  • 蒸気吸入で風邪の症状が改善するという一貫した根拠は、コクランレビューでは示されていません。
  • 吸っている間に鼻や喉の乾燥感が楽になる、という体験そのものは否定されていません。
  • 熱湯を使う方法では、特に子どもで熱傷の事故が報告されています。

よく見る話

「蒸気を吸うと痰がゆるんで、風邪が早く治る」

スキャン結果

まだ分からない

湿った空気で鼻や喉が一時的に楽に感じることはあります。ただし、風邪の治りが早くなる、咳の期間が短くなる、といった効果を支持する一貫した試験結果はありません。

理屈が通っていることと、効くことは別

蒸気吸入が効きそうに思える理由は、いくつも挙げられます。粘膜の乾燥を防ぐ、粘液をやわらかくする、鼻づまりを軽くする、熱でウイルスを弱らせる。どれも生理学的にはもっともらしい説明です。

しかし、実際に試験を集めると結果がそろいませんでした。2017年に更新されたコクランレビューは、5つの論文から6件のランダム化比較試験・計387人を対象にしています。

症状が和らいだかどうかについては、解析の方法を変えると結論が変わってしまいました。片方の方法では差があるように見え(オッズ比0.30、95%信頼区間 0.16〜0.56、2試験・149人)、もう片方では差が消えます(オッズ比0.22、95%信頼区間 0.03〜1.95)。研究間のばらつきが大きく、レビュー著者はエビデンスの確実性を低いと評価しています。

鼻の洗浄液に含まれるウイルスの量にも、はっきりした差は出ませんでした。

「効くと出た研究と、出なかった研究が混ざっている」状態です。これは「効かないと証明された」とも違いますし、「効く」とも言えません。

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家庭の洗面器と、試験で使われた装置は同じではない

ここは見落とされやすい点です。コクランレビューが対象にした試験の多くは、RhinoThermという医療用の加温加湿装置を使っています。レビューの結論も、この装置による治療について書かれています。

洗面器に熱湯を入れてタオルをかぶる方法は、温度も湿度も吸入時間も管理されていません。つまり、この研究結果をそのまま「家庭の蒸気吸入は効かない」と読み替えることも、厳密にはできません。検証されていないというのが正確な状態です。

「一時的に楽」と「病気が治る」を分ける

吸っている間に鼻や喉の乾燥感が和らぐことは、あってよいことです。研究が確認できていないのは、風邪そのものの経過が変わるかどうかです。この2つは別々に考えたほうが混乱しません。

はっきりしている害のほうは、熱傷

効果が不確実な一方で、明確に報告されている害があります。熱湯による熱傷です。

2004年にBMJに報告された小児例では、呼吸器感染症のために行われた蒸気吸入によって熱傷を負った子どもが取り上げられています。容器を倒す、顔や胸に熱湯がかかる、子どもが触ってしまう、といった経路です。

効果が不確実で、害が具体的に報告されている。この組み合わせのとき、少なくとも子どもに熱湯を使った方法をすすめる理由は弱くなります。湿度を利用したいのであれば、入浴やシャワー、加湿器のように、熱湯を顔の近くで扱わない方法があります。

なお、加湿器についても「風邪の治療効果が確かめられている」という意味ではありません。乾燥による不快感を減らすためのセルフケア、という位置づけです。

エビデンス・スキャン

確認したこと
加温加湿した空気の吸入で風邪症状は改善するか
情報源
6試験・387人の系統的レビュー(Cochrane, 2017)
分かったこと
解析方法によって結果が変わり、一貫した症状改善は確認できませんでした。エビデンスの確実性は低いと評価されています。
確認したこと
ウイルスの排出量は減るか
情報源
上記レビューに含まれる鼻腔洗浄液の検討(Cochrane, 2017)
分かったこと
治療群とプラセボ群の間に、有意な差は認められませんでした。
確認したこと
蒸気吸入による害は報告されているか
情報源
小児の熱傷症例の報告(BMJ, 2004)
分かったこと
呼吸器感染症に対する蒸気吸入に伴う熱傷例が報告されています。レビューでも鼻の不快感などの軽微な有害事象が挙げられています。

どこまで分かっている?

ここまでは言える

加温加湿した空気を吸う方法について、風邪の症状を一貫して改善するという根拠は得られていません。一方、熱湯を使った蒸気吸入では、小児を含む熱傷の事故が報告されています。

ここからは言えない

試験の多くは専用の医療機器を使っており、家庭で洗面器とタオルを使う方法そのものを評価したものではありません。「家庭の蒸気吸入は効かない」と証明されているわけではなく、確かめられていない、というのが実際のところです。

また、レビューが見ているのは主に風邪の症状全体です。風邪のあとに残る咳をどれだけ短くするか、という問いには答えていません。

湿度を使いたいときは

じゃあ、どうすればいい?

  1. 「吸っている間は楽」と「風邪が早く治る」を分けて考える。
  2. 熱湯を顔の近くで扱う方法は避け、入浴・シャワー・室内の加湿など安全な方法に置き換える。
  3. 子どもの前で熱湯を使った蒸気吸入をしない。倒れる・触れる事故が報告されている。

鼻の症状に対するセルフケアとしては、鼻うがいについても別の記事で扱っています。

ファイのまとめ

昔から続いている方法には「効くはずだ」という納得感があります。ただ、この件では効果のほうが不確実で、熱傷のほうがはっきりしていました。同じ「湿った空気」でも、安全な取り方を選べば済む話です。

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